2009年 01月 19日
決断 |

( Canon F-1, FD 50mm F1.4, Velvia 100 )
大変に難しい決断だった。彼も私も非常に悩んだ末の決断だ。
65歳の彼に2つの異変が起きた。腹痛と胸痛である。
腹痛は大腸癌のためであることが判明した。世の中たいていのことは不具合の原因が見つかるのは良いことなのであるが、彼の場合はそうではなかった。発見時には癌は既にあちこちに転移していた。末期である。主要病巣だけは摘出したものの、治癒は当然望めない。進行を少しでも遅らせるための抗癌剤療法が開始された。抗癌剤がうまく効くかどうかは、やってみないとわからない。効けば半年から1年の、効かなければ2-3ヶ月の余命と判定された。
そしてもう一つの異変である胸痛は、狭心症のためであった。弱り目に祟り目とはこのことだ。心臓カテーテル検査が行われたが、残念なことに彼の狭心症は手術が必要であると診断された。
彼が末期癌の患者でなければ、狭心症の手術をすることは明らかに彼の利益にかなうことである。しかし彼の場合には…………………。
どんな手術であれ、手術と名の付くものであれば一大事である。彼が必要とする手術の場合、完璧なレベルまでに回復には2-3ヶ月はかかる。しかし彼の場合には、抗癌剤が効かなければ余命は2-3ヶ月なのだ。
私は抗癌剤か効かなかった場合を想定していた。残された短い余命を心臓手術からの回復の時間に費やすのは、私には正しいこととは思えなかった。
病室に行き、彼のベッドの端に座って話すこと1時間。私は手術をしないことを勧めた。彼も家族も私と同様の意見だった。
それから1ヵ月が経過した。彼には二つの新たな状況が生じていた。第一点は、彼の癌が予想以上に抗癌剤によく反応したこと。したがって彼の余命は2-3ヶ月ではなく、半年から1年と推測されるようになった。第二点は、彼の胸痛が非常に悪くなってしまったこと。ほんの少しの動作でも胸痛が出てしまうのだ。これでは何も出来ない、と言う。
彼と私は1ヵ月前に会った時と同様、厳しい決断を迫られることとなった。心臓の手術をすべきかすべきではないのか………………….。
1ヵ月前と同様に、私は彼の病室に行きベッドの端に座った。今回は1時間半に渡る話し合いとなった。毎日起こる胸痛と共に残された1年を過ごすか、2-3ヶ月の回復期間を容認してその後の9ヶ月を胸痛なしに過ごすか、の選択だ。そして、もしも不幸にして術後に重症の合併症がおきたら、回復に必要な期間はさらに延びることになる可能性もある。
こういう時の常として、患者や家族は私に「あなたならどうする?」あるいは「もしあなたの父親だったらどうする?」と聞いてくる。
私は彼に「どうすることが一番良いのかは分からない」と隠さずに伝えた。医者であろうがなんであろうが、分からないことは分からない。私はそれを隠す気はない。彼も「わからない」と言って笑った。たとえ2-3ヵ月後に心臓の手術から回復しても、もしかしたらその時には癌が想像以上に悪くなっている可能性もある。分からないもの同士が一時間半話し合い、結局心臓の手術をすることに決めた。
そう、彼の手術は今日だった。今、彼は集中治療室で目を覚ましつつある。
手術が終わった今でも、はたして手術が正しいことだったのかどうか、私にはわからない。彼にもわからないに違いない。重要なことは、一緒に悩んで一緒に決めた、と言うことだと信じている。
我々の判断が正しかったかどうかは、彼の臨終の場にならなくては分からないのかもしれない。
by goodsurgeon24hrs
| 2009-01-19 17:51
| 仕事
|
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Comments(18)
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BJさんの総合的判断からの決断は、誰も責められないと思います。
これ以上は、“勘”しかないですが、これは科学的ではない。
ご自分を責めるのは、酷ですよ。
私の母は糖尿病と甲状腺病なのですが、15年前ぐらいに風邪からケトアシドシスとで意識が無くなり、右足壊死になりました。
切断と合併症が秤にかけられ、で血管の詰まりを除去するオペを行っても回復せず、日が経つ内に壊死の状況が大幅に進行してしまいました。
結局、当初の右指先→右スネ→右膝ぐらいではおさまらず、右大腿部から予想以上に切断しました。
早くから切断を選択していれば、切断部位はもっと少なくて済んだかもしれません。
しかし、科学では総合的判断で処置を選択したのです。
未来の選択は、占いではありません。
ここまで考えれば、もういいと思います。
ご職業柄、この悩みは必ずついて回るとおもいますが、患者サイドはキチンとした判断に基づいていれば、納得しますよ。
患者が怒るのは、いい加減な治療の場合だけです。
BJさんに治療を受けた患者さんは、感謝しているのではないでしょうか。
これ以上は、“勘”しかないですが、これは科学的ではない。
ご自分を責めるのは、酷ですよ。
私の母は糖尿病と甲状腺病なのですが、15年前ぐらいに風邪からケトアシドシスとで意識が無くなり、右足壊死になりました。
切断と合併症が秤にかけられ、で血管の詰まりを除去するオペを行っても回復せず、日が経つ内に壊死の状況が大幅に進行してしまいました。
結局、当初の右指先→右スネ→右膝ぐらいではおさまらず、右大腿部から予想以上に切断しました。
早くから切断を選択していれば、切断部位はもっと少なくて済んだかもしれません。
しかし、科学では総合的判断で処置を選択したのです。
未来の選択は、占いではありません。
ここまで考えれば、もういいと思います。
ご職業柄、この悩みは必ずついて回るとおもいますが、患者サイドはキチンとした判断に基づいていれば、納得しますよ。
患者が怒るのは、いい加減な治療の場合だけです。
BJさんに治療を受けた患者さんは、感謝しているのではないでしょうか。
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人の命に関わるお仕事は 技術よりも心理的な負担も多いのですよね
患者側の私達は 専門職であるDrの助言を聞いて判断しますが
良かったのか・・悪かったのか・・なんて誰にも解らないですしね
やっぱり本人の意見を尊重して・・・と言っても
まだまだ日本では本人に告知しないことが多いですからね(がんの場合は)
こういうときの判断って難しいですよね
無事に麻酔が切れて 笑顔でお話が出来ると好いですね☆
患者側の私達は 専門職であるDrの助言を聞いて判断しますが
良かったのか・・悪かったのか・・なんて誰にも解らないですしね
やっぱり本人の意見を尊重して・・・と言っても
まだまだ日本では本人に告知しないことが多いですからね(がんの場合は)
こういうときの判断って難しいですよね
無事に麻酔が切れて 笑顔でお話が出来ると好いですね☆
そちらはもうすぐ歴史的瞬間をむかえようと
していますね。日本でも連日のように各メディアで取り
上げていて、政治音痴の私でも就任式の日時や、パレードの
距離は約2.7キロですと言えてしまほどです。(笑)
非常に難しい決断でしたね。
どんな結果がでたとしても、患者さんにとって
ドクターが一緒になって考えて出した決断だということが
一番重要だったと思います。
していますね。日本でも連日のように各メディアで取り
上げていて、政治音痴の私でも就任式の日時や、パレードの
距離は約2.7キロですと言えてしまほどです。(笑)
非常に難しい決断でしたね。
どんな結果がでたとしても、患者さんにとって
ドクターが一緒になって考えて出した決断だということが
一番重要だったと思います。
こんばんは。
今回はシリアスな内容ですね。
読んでいくうちにどんどん話の中に自分自身が引き込まれていきます。
いつもながらgoodsurgeonさんの文章力・表現力には脱帽します。
この難題に真正面から関わり、自己裁量を最大限に活かせることが
僕にとっては羨ましくもあり、尊敬の念を抱くところであります。
それに加え、答えの見えないことに決断を下さくてならない
難しさ、大変さを再確認できましたよ。
コメントいつもありがとうございます。
面白い感想を頂きました。
さすがgoodsurgeonさんですね。
今回はシリアスな内容ですね。
読んでいくうちにどんどん話の中に自分自身が引き込まれていきます。
いつもながらgoodsurgeonさんの文章力・表現力には脱帽します。
この難題に真正面から関わり、自己裁量を最大限に活かせることが
僕にとっては羨ましくもあり、尊敬の念を抱くところであります。
それに加え、答えの見えないことに決断を下さくてならない
難しさ、大変さを再確認できましたよ。
コメントいつもありがとうございます。
面白い感想を頂きました。
さすがgoodsurgeonさんですね。
すごい決断というか、僕みたいな輩は、逃げだしたくなっちゃうような
難題ですね…。
やはり、お医者さんの立場というのは、想像以上に大変だって、痛感
しちゃいました…。スゴイです。
死を迎えるにあたり、どういった最後に導くことが正しいのかなんて、
誰が答えを知ってるわけじゃないですもんね…
でも、それを決断しないと、時間はどんどん過ぎて行きますもんね…。
goodsurgeon24hrsさんと患者さんの出された決断が、きっとイイ方
向へ向かうことを願っています!
とても、興味深くて、考えさせられる内容でした!勉強になりました!
難題ですね…。
やはり、お医者さんの立場というのは、想像以上に大変だって、痛感
しちゃいました…。スゴイです。
死を迎えるにあたり、どういった最後に導くことが正しいのかなんて、
誰が答えを知ってるわけじゃないですもんね…
でも、それを決断しないと、時間はどんどん過ぎて行きますもんね…。
goodsurgeon24hrsさんと患者さんの出された決断が、きっとイイ方
向へ向かうことを願っています!
とても、興味深くて、考えさせられる内容でした!勉強になりました!
物凄い決断の場面に立ち会われているのですねぇ・・・
私なら冷静に話し合いを行えないかもしれません。
でも結果はどうあれ、一緒に悩んで一緒に決めたと言う思いがあれば
後悔はないような気がします。
私なら冷静に話し合いを行えないかもしれません。
でも結果はどうあれ、一緒に悩んで一緒に決めたと言う思いがあれば
後悔はないような気がします。
合併症と癌が予想以上に悪くならないことを祈っています。
いい方向へ向きますように。
いい方向へ向きますように。

ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
KAN ほっし~さん、こんにちは。
現場で色々な状況に対応している中で、科学だけでは片付けられない事が多々あります。そのようなときには本人の人生観や死生観が判断の最終的なよりどころになると思います。色々な選択があって当然で、どの選択も間違っていることはない、と思います。
KAN ほっし~さんのお母様も大病をなされたようで、大変でしたね。糖尿病は本当に恐ろしいと思います。
現場で色々な状況に対応している中で、科学だけでは片付けられない事が多々あります。そのようなときには本人の人生観や死生観が判断の最終的なよりどころになると思います。色々な選択があって当然で、どの選択も間違っていることはない、と思います。
KAN ほっし~さんのお母様も大病をなされたようで、大変でしたね。糖尿病は本当に恐ろしいと思います。
candypopさん、こんにちは。
おかげさまで彼は順調に回復しています。
今回のように残された時間が限られている方には、本人に判断してもらいより仕方が無いと思います。最終的には、本人の人生観や死生観の問題にかかわってくることだと思うからです。私に出来るのは、本人がどうするかを決断するのを助けるために医学的情報を提供することだけであって、「こうしたらいい」と言うのは僭越だと思うのです。
アメリカでは告知しないと言うことは考えられないので、良い事悪いこと含めて色々な情報を提供して、最後は本人に決めてもらうことになります。難しい判断ですね。
おかげさまで彼は順調に回復しています。
今回のように残された時間が限られている方には、本人に判断してもらいより仕方が無いと思います。最終的には、本人の人生観や死生観の問題にかかわってくることだと思うからです。私に出来るのは、本人がどうするかを決断するのを助けるために医学的情報を提供することだけであって、「こうしたらいい」と言うのは僭越だと思うのです。
アメリカでは告知しないと言うことは考えられないので、良い事悪いこと含めて色々な情報を提供して、最後は本人に決めてもらうことになります。難しい判断ですね。
micioさん、こんにちは。
医療現場にいらっしゃるmicioさんにも、同様の経験があるかもしれませんね。最終的に決断をしなくてはならない本人は、さぞつらいことと思います。
大統領の宣誓式は実はまだ見ていません。録画はしたのですが、CNNだけで6時間番組なので、週末にでもゆっくり見ようかな、とたくらんでいます。でも、6時間見たら、ほとんど労働ですよ、これは。
医療現場にいらっしゃるmicioさんにも、同様の経験があるかもしれませんね。最終的に決断をしなくてはならない本人は、さぞつらいことと思います。
大統領の宣誓式は実はまだ見ていません。録画はしたのですが、CNNだけで6時間番組なので、週末にでもゆっくり見ようかな、とたくらんでいます。でも、6時間見たら、ほとんど労働ですよ、これは。
hiroさん、こんにちは。
このような場合には最終的には医学や科学の問題ではなく、人生観や死生観といった哲学的な問題になってきます。科学と違って、選択Aは正しいが選択Bは間違っている、ということはありません。どの方法を取ってもみな正しい選択なのですが、選択をすることが大変に難しい、と言うことだと思います。
このような場合には最終的には医学や科学の問題ではなく、人生観や死生観といった哲学的な問題になってきます。科学と違って、選択Aは正しいが選択Bは間違っている、ということはありません。どの方法を取ってもみな正しい選択なのですが、選択をすることが大変に難しい、と言うことだと思います。
yokomixさん、こんにちは。
いやいや、大変なのは私ではなく患者さん本人です。すぐ先に死が待っていると言うことを知っているだけで大変な恐怖やストレスがあると思いますが、その上にさらに難しい決断をしなくてはならないなんて。いやー、考えただけでもイヤですね。
私自身は死を目前に控えたことも無ければ、手術を必要とするな病気になったことが無いので、患者さんの気持ちを想像する事が精一杯です。
いやいや、大変なのは私ではなく患者さん本人です。すぐ先に死が待っていると言うことを知っているだけで大変な恐怖やストレスがあると思いますが、その上にさらに難しい決断をしなくてはならないなんて。いやー、考えただけでもイヤですね。
私自身は死を目前に控えたことも無ければ、手術を必要とするな病気になったことが無いので、患者さんの気持ちを想像する事が精一杯です。
makudecoさん、こんにちは。
どんな仕事でも、楽しい面と嫌な面があると思いますが、今回のようなことは当然嫌な面です。もしも自分が患者であったら、と思うと.......。それこそ冷静に判断は出来ないと思います。
ご本人の決断したことを手伝えたと言う意味では、ありがたく思っています。
どんな仕事でも、楽しい面と嫌な面があると思いますが、今回のようなことは当然嫌な面です。もしも自分が患者であったら、と思うと.......。それこそ冷静に判断は出来ないと思います。
ご本人の決断したことを手伝えたと言う意味では、ありがたく思っています。
ricoraさん、こんにちは。
癌ばっかりはねー、なかなかこちらの思うとおりにならないので、困ったものです。
私がまだ医学部の学生だったころに、日本政府が「2000年までに癌を撲滅する」と言って研究に助成金を出していました。明けて21世紀、癌は撲滅どころか、いまだに我々の手ごわい敵のままです。
癌ばっかりはねー、なかなかこちらの思うとおりにならないので、困ったものです。
私がまだ医学部の学生だったころに、日本政府が「2000年までに癌を撲滅する」と言って研究に助成金を出していました。明けて21世紀、癌は撲滅どころか、いまだに我々の手ごわい敵のままです。

先日、私の知人がガンで亡くなりました。
手術を何度も何度も繰り返したそうです。
最近のテレビ番組で「300万でガンが消える」という内容をやっていたようで(私は見ていないのであやふやな情報ですが)、その方のご家族も「もっと早く知っていればよかった」とおっしゃっていたそうです。
患者さん本人も、家族も、本当に辛いですよね。
…ところでお医者さんだったのですね、カメピでの「BJ」さんというHNはブラック・ジャックからでしょうか^^
手術を何度も何度も繰り返したそうです。
最近のテレビ番組で「300万でガンが消える」という内容をやっていたようで(私は見ていないのであやふやな情報ですが)、その方のご家族も「もっと早く知っていればよかった」とおっしゃっていたそうです。
患者さん本人も、家族も、本当に辛いですよね。
…ところでお医者さんだったのですね、カメピでの「BJ」さんというHNはブラック・ジャックからでしょうか^^
mashiroさん、こんにちは。
「300万で....」はネット検索してみると、粒子線治療というものらしいですね。自己負担額が300万円!
治療には色々な方法があり、どれがよいかは人によって様々なので、多くのネットに書かれているように「300万円払えば新しい治療法で、どの癌でもきらずに治る」という印象を与えるのは問題があると思います。お金をかけなくても、治るのもは治り、いくらお金をかけても治らないものは治りません。
私の本業は心臓外科です。
「300万で....」はネット検索してみると、粒子線治療というものらしいですね。自己負担額が300万円!
治療には色々な方法があり、どれがよいかは人によって様々なので、多くのネットに書かれているように「300万円払えば新しい治療法で、どの癌でもきらずに治る」という印象を与えるのは問題があると思います。お金をかけなくても、治るのもは治り、いくらお金をかけても治らないものは治りません。
私の本業は心臓外科です。