2008年 08月 02日
小児臓器移植に関する雑感 |
( Olympus PEN FT, Zuiko 42mm F1.2, Velvia 100 )
小児虐待被害児の保護について書いたところ、新聞社の方から有用な資料をいただいた。本日は資料を提供してくださったこの記者の方へのお礼の意味も含め、小児臓器移植に関する私の雑感を述べることとする。堅苦しい話が2回続くこととなるが、重要な問題なのでここは一つ勘弁をいただきたい。あらかじめ述べておくが、重要なことを論じるときには文章は自ずと長くなる。少しの間辛抱いただきたい。私のブログの真骨頂であるくだらない話は、後日たっぷりと。
私はアメリカ国内で今までに多くの臓器移植手術に携わってきた。具体的には肝臓、腎臓、膵臓、心臓、肺である。現在でこそ移植には携わっていないものの、私が今までに経験したそれぞれの臓器の移植手術症例数は日本の平均的な外科医よりも多いと実は密かに自負しているのだが、そんなことはどうでも良い。
臓器移植は末期の臓器不全の治療法として、今や医学的に確立された治療法となった。しかし医療倫理の面では、いまだに解決されていない問題が多く存在するのも事実である。とりわけ、小児の臓器移植は多くの問題を内包している。
移植医療に関しては、臓器を必要とする患者数に対して臓器を提供するドナーの数が慢性的に足りない。たとえばアメリカの心臓移植の場合は、毎年ドナーの約10倍の人々が移植を待っている状態だ。このドナーの数と移植を必要とする患者の数のミスマッチは、小児の場合にはさらに甚だしい。
移植手術の現場に身を置いていると、実に多くの小児臓器ドナーが虐待の被害者であることに大変なショックを受ける。臓器の摘出手術が始まる前にドナーとなった子供を見ると、痣や外傷だらけということが実に多い。これはどういうことかと傍らにいる移植のコーディネーターに聞くと、やはり思ったとおり虐待の被害者であるという。そんな悲しい経験を今まで幾度と無く繰り返してきた。
臓器摘出手術が始まり、痣だらけ、外傷だらけの小さな体の透き通った皮膚にメスを入れる。赤い液体が滴る。大変辛いことだが、この犠牲者の臓器が他の子供達の新たな生命となって飛翔するのだと自分に言い聞かせながら臓器摘出手術を進めてゆく。それでもやはり、辛い……。
ご存知の方も多いと思うが、現在の日本の臓器移植法では15歳未満のものからの臓器提供は認められていない。このことに関する論点は3つある。1つは、子供に正確な脳死判定はできるのか、と言うこと。2つ目は子供の意思確認を尊重できるのか、と言う問題。そして3つ目は、児童虐待を受けた子供のケースをどうするのか、と言う議論である。最初の2点の議論については、今回は他に譲ることとする。今日は、児童虐待を受けた子供のケースをどうするのか、を考えてみたい。
前述したごとく、小児の臓器提供者には虐待の被害者が実に多い。ここでまず最初に私が気になるのは、虐待のすべてのケースが明るみになっているのではないのではないか、と言うことだ。虐待の事実がありながらも、事実が闇に葬り去られながら脳死となった子供が沢山いるはずだ。そのようなケースで臓器提供の承諾をするのは一体誰なのかを考えてみたことがあるだろうか。虐待をした張本人である親が臓器提供の承諾をすることになる。盗人猛々しいと言うのは少々表現が異なることは承知だが、虐待で殺人(脳死)を犯した親が、篤志家然として臓器を提供することになるのだ。これは許されるべきことではないが、如何様にも追求のしようがない。
さらに問題は複雑と化す。虐待の犠牲者の臓器を移植に用いるべきか否かである。前述の記者の方からいただいた資料に2005年4月5日に開かれた自民・公明両党の国会議員で作る検討会の記述がある。ここでは「虐待を受けた子供が提供者になるのを防ぐため第三者の専門医がチェックする」ことを挙げている。さらに同月7日には同じ検討会で国立成育医療センターの医師は、虐待を受けて脳死した子供を臓器提供者から除くためのチェックリストなど医療現場で虐待判定のシステム作りを求める意見書を提出している。
虐待の犠牲者の臓器を移植に使用するか否か。私は、司法解剖の必要が無い限りは移植に臓器を提供させていただいてかまわない、と思っている。不幸にしてあってはならないはずの虐待で脳死となった子供であるが、脳死は医学的には帰らぬ人である。脳死の理由が何であれ、他の子供達の助けになるのであれば良いのではないかと思うのだ。その子は理由は何であれ不幸にして、既にpoint of no returnを超えてしまったのだ。虐待による脳死からの臓器提供が虐待を助長するのではないかという議論もあるかもしれないが、私にはそうとは思えない。虐待の犠牲者は臓器の提供者にすべきではないと言うことは感情としては十分に理解できるのだが、感情論を超えた根拠が私には今ひとつ判然としないのだ。
残念なことに複雑な問題はさらに複雑と化し、論点が元に戻ってゆく。ここで論じている虐待の犠牲者とは、あくまでも虐待の事実が明るみになっている例に限局しての議論だ。私が先に述べた明るみに出ない虐待の被害児に関してはどうすることも出来ない。ここに将来もおそらく決して解決されることの無い重大な問題が存在している。
by goodsurgeon24hrs
| 2008-08-02 15:31
| 仕事
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Comments(14)
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fukusen_554 at 2008-08-03 21:16
コメントありがとうございました。(w
銀塩をお使いなんですね。
こんなにじっくりとフィルム写真を見たのは初めてだったりします。
色合い描写共に、デジにはない魅力を感じます。。。
いろんな方々の写真を見るたび、物欲菌が騒ぎ出すので困ったもんですよ。(笑)
今回の記事ですが、非常に興味をそそられました。
ただ、私はどちらかというとあんぽんたんな部類ですので理解しきれてない部分が多いと思いますが。(汗)
一番縁遠いようで実は一番身近な医療問題。
専門誌などは敷居が高くて目にする事もないのですが、こうして生の声に触れるというのは
医師が何を考え何を感じているのかという点でもすごく興味をそそられるなぁと感じます。(w
医療に携わるお仕事、言葉で言うよりも何倍も大変でしょうが
お体に気をつけつつ頑張ってくださいね。。。へんな日本語になりましたが。。。(爆
またお邪魔させていただきますね。(w
銀塩をお使いなんですね。
こんなにじっくりとフィルム写真を見たのは初めてだったりします。
色合い描写共に、デジにはない魅力を感じます。。。
いろんな方々の写真を見るたび、物欲菌が騒ぎ出すので困ったもんですよ。(笑)
今回の記事ですが、非常に興味をそそられました。
ただ、私はどちらかというとあんぽんたんな部類ですので理解しきれてない部分が多いと思いますが。(汗)
一番縁遠いようで実は一番身近な医療問題。
専門誌などは敷居が高くて目にする事もないのですが、こうして生の声に触れるというのは
医師が何を考え何を感じているのかという点でもすごく興味をそそられるなぁと感じます。(w
医療に携わるお仕事、言葉で言うよりも何倍も大変でしょうが
お体に気をつけつつ頑張ってくださいね。。。へんな日本語になりましたが。。。(爆
またお邪魔させていただきますね。(w
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icchiy_passage at 2008-08-03 22:25
これは、とてもヘビーな話題です。
でも、僕はやはり虐待の被害者であろうと、死刑囚であろうとドナーとして認めるべきだという立場に賛成です。
もし手術が成功すれば幼く貴重な命をひとつでも救えるから。
それはとてもシンプルだと思うんです。
でも、僕はやはり虐待の被害者であろうと、死刑囚であろうとドナーとして認めるべきだという立場に賛成です。
もし手術が成功すれば幼く貴重な命をひとつでも救えるから。
それはとてもシンプルだと思うんです。
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bobo4195 at 2008-08-04 00:27
虐待・・・日本でも最近多く耳にすることが多くなってきてますね。
理由はなんにせよ、一番の弱者に対しては許される事ではない行為ですよね。
一番信頼している親に裏切られる気持ちってどんな苦しいことなのか・・・
しかも命まで奪われてしまうという結果なんて。
ただ、どういう経緯であろうと、その臓器を使用することに関しては個人的には賛成ではあります。
結果として救われる命があるのならば。
ただ感情論としては、そういった事も思うことはあります。
しかし感情論では救えない命があるのが現実だと思います・・・
虐待で失った命を利用するか以前に虐待で失う命があることが問題だと思います。
いろんな立場や知識を持った立場からすればいろんな問題が含まれていて重たい問題だと思いますが、
無駄に失われる命を救うこと、救える命があるなら利用出来るものは利用するのがいいのかなぁと単純に思ったりします。
何かまとまりがないですね、スイマセン。
理由はなんにせよ、一番の弱者に対しては許される事ではない行為ですよね。
一番信頼している親に裏切られる気持ちってどんな苦しいことなのか・・・
しかも命まで奪われてしまうという結果なんて。
ただ、どういう経緯であろうと、その臓器を使用することに関しては個人的には賛成ではあります。
結果として救われる命があるのならば。
ただ感情論としては、そういった事も思うことはあります。
しかし感情論では救えない命があるのが現実だと思います・・・
虐待で失った命を利用するか以前に虐待で失う命があることが問題だと思います。
いろんな立場や知識を持った立場からすればいろんな問題が含まれていて重たい問題だと思いますが、
無駄に失われる命を救うこと、救える命があるなら利用出来るものは利用するのがいいのかなぁと単純に思ったりします。
何かまとまりがないですね、スイマセン。
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macski at 2008-08-04 18:04
実に多くの小児臓器ドナーが虐待の被害者であることに大変なショックを受ける。とてもこの言葉にショックをうけました。私にはまだ子供はいませんが小さな子が虐待を受けるのはとても心が痛みます。
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surgeon24hrs
at 2008-08-04 23:35
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fukusen_554さん、おはようございます。
デジタルの購入機会を逃し続けてここまできてしまいました。皆さんが最新型のランボルギーニに乗っているのに、一人だけクラッシクカーを運転しているようなものです。性能や利便性にはかないませんが、操作が楽しいということかな。
私がブログに書くことは、私個人の独り言あるいは寝言のようなものです。こういった争点の多い問題は、10人の人に聞くと13通りくらいの違った答えが返ってくるのじゃないなと思います。
長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
デジタルの購入機会を逃し続けてここまできてしまいました。皆さんが最新型のランボルギーニに乗っているのに、一人だけクラッシクカーを運転しているようなものです。性能や利便性にはかないませんが、操作が楽しいということかな。
私がブログに書くことは、私個人の独り言あるいは寝言のようなものです。こういった争点の多い問題は、10人の人に聞くと13通りくらいの違った答えが返ってくるのじゃないなと思います。
長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。
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surgeon24hrs
at 2008-08-04 23:41
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icchiyさん、おはようございます。長い話にお付き合いいただきありがとうございました。
臓器移植は医学だけでなく、倫理、宗教、文化、社会習慣、はたまた個人の人生観や死生観などさまざまな要素が複雑にからまっているので、なかなか一筋縄ではいかないようです。
いつもご丁寧にコメントありがとうございます。
臓器移植は医学だけでなく、倫理、宗教、文化、社会習慣、はたまた個人の人生観や死生観などさまざまな要素が複雑にからまっているので、なかなか一筋縄ではいかないようです。
いつもご丁寧にコメントありがとうございます。
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surgeon24hrs
at 2008-08-04 23:48
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bobo4195さん、おはようございます。長い話にお付き合いいただきありがとうございました。
「虐待で失った命を利用するか以前に虐待で失う命があることが問題」というのは、まさにそのとおりだと思います。
本来は「虐待で失う命があること」と「虐待で失った命を利用するか」とは2つのまったく異なる問題なのですが、一緒くたに論じられることによってどちらの問題もあやふやになってしまう危険があると思います。
「虐待で失った命を利用するか以前に虐待で失う命があることが問題」というのは、まさにそのとおりだと思います。
本来は「虐待で失う命があること」と「虐待で失った命を利用するか」とは2つのまったく異なる問題なのですが、一緒くたに論じられることによってどちらの問題もあやふやになってしまう危険があると思います。
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surgeon24hrs
at 2008-08-04 23:55
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macskiさん、おはようございます。長い話にお付き合いいただきありがとうございました。
虐待に関してさらに根が深いことは、「子供のときに虐待の被害児だった子供は、大人になったときに虐待の加害者となってしまうことが多い」という統計があることです。この統計はあくまでアメリカの統計なので、日本ではどういう状況になっているのかは、チョットわかりませんが....。
なんとかならないものですかねー。
虐待に関してさらに根が深いことは、「子供のときに虐待の被害児だった子供は、大人になったときに虐待の加害者となってしまうことが多い」という統計があることです。この統計はあくまでアメリカの統計なので、日本ではどういう状況になっているのかは、チョットわかりませんが....。
なんとかならないものですかねー。
上記のyahoo!知恵袋の回答で、このブログを引用させていただきました。先生が不愉快でしたら、削除いたします。
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surgeon24hrs
at 2009-03-02 21:25
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jomat
at 2009-03-03 08:42
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これは大変失礼しました。修正いたしました。寛大なお計らいありがとうございました。(私は循環器内科医です。)
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surgeon24hrs
at 2009-03-03 10:06
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jomatさん、こんばんは。時差でこちらは14時間遅れています。
早速修正のお手間を取らせてしまって、スミマセン。 私のようなガサツな者には小児科などとてもつとまりません。
循環器内科ですか。同じフィールドですね。何かの縁でしょうか、これからもよろしくお願いいたします。
早速修正のお手間を取らせてしまって、スミマセン。 私のようなガサツな者には小児科などとてもつとまりません。
循環器内科ですか。同じフィールドですね。何かの縁でしょうか、これからもよろしくお願いいたします。
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poopoo
at 2009-03-15 05:49
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突然の投稿で失礼いたします。
ドナーの死因がなんであれ、その人の臓器で救われる命があるならその臓器を使うべきという議論はもっともらしいが、重大な欠陥を孕んでいると思います。虐待や臓器ビジネスで子供が殺される事態を避けることは、臓器移植でしか助からない命を助けることと同等かそれ以上に重要なはず。臓器提供の過程に欠陥があったり、ドナーの死因が社会的に容認すべきでない虐待や臓器確保目的での殺害の場合に、そのような臓器を移植に使用しないということは、虐待や臓器獲得目的の殺人を減らす効果があるのです。手続の不正(臓器の提供の過程でのなんらかの欠陥)を防止するために、あえて最終結果(移植して患者を助ける)を犠牲にするという可能性を一概に否定すべきではないと思います。警察が容疑者を拷問して得た証拠はたとえそれが犯人しか知り得ない自白を含んでいても刑事裁判で採用されないという例を考えればわかりやすい話だと思います。
ドナーの死因がなんであれ、その人の臓器で救われる命があるならその臓器を使うべきという議論はもっともらしいが、重大な欠陥を孕んでいると思います。虐待や臓器ビジネスで子供が殺される事態を避けることは、臓器移植でしか助からない命を助けることと同等かそれ以上に重要なはず。臓器提供の過程に欠陥があったり、ドナーの死因が社会的に容認すべきでない虐待や臓器確保目的での殺害の場合に、そのような臓器を移植に使用しないということは、虐待や臓器獲得目的の殺人を減らす効果があるのです。手続の不正(臓器の提供の過程でのなんらかの欠陥)を防止するために、あえて最終結果(移植して患者を助ける)を犠牲にするという可能性を一概に否定すべきではないと思います。警察が容疑者を拷問して得た証拠はたとえそれが犯人しか知り得ない自白を含んでいても刑事裁判で採用されないという例を考えればわかりやすい話だと思います。
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surgeon24hrs
at 2009-03-15 07:32
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poopoo さん、こんばんは。
投稿ありがとうございます。何時なんどきでも大歓迎です。
臓器移植は医学だけでなく、倫理、法学、文化、宗教、その他多くの範囲にわたる問題ですので大変に難しいことです。そして小児の臓器移植においては、事はより複雑さの度合いを増します。
小児を含めて臓器移植に関しては、慎重な論議が継続的に必要であると思います。
ご意見ありがとうございます。
投稿ありがとうございます。何時なんどきでも大歓迎です。
臓器移植は医学だけでなく、倫理、法学、文化、宗教、その他多くの範囲にわたる問題ですので大変に難しいことです。そして小児の臓器移植においては、事はより複雑さの度合いを増します。
小児を含めて臓器移植に関しては、慎重な論議が継続的に必要であると思います。
ご意見ありがとうございます。